紅のサンドバッグ(唯シリーズ)

 

     赤城家の事情

 

赤城 唯(あかぎ ゆい)は大富豪の娘だ。貿易会社の社長の父、秘書の母、そして兄を2人持っており

その兄は2人共、プロボクサーで名のある選手になっている。

 

 

 

唯は豪邸の中のスポーツジムのような部屋でサンドバッグをひたすら打っていた、汗だくになりながら

何かに怒りをぶつけるように打つ。ショートボブの黒髪とCカップの胸が微妙に揺れる。

 

 

「お父様が書斎でお呼びです」

 

急な声に唯は驚いた。

メイドがドアを開け立っていた。

「お父様が書斎でお呼びです」

機械のように繰り返し言う。完璧主義の父のしつけのせいだな、不必要な事は何も言えない、情を持って

話せない……。 唯はそう思いため息をついた。

そして呼ばれる理由も分かっている。

「着替えてすぐ行くわ」

そう答えるとメイドは「はい、それでは」と言い、そそくさと去っていった。

「この大豪邸で絶対的な権力は父か……」

もう一度改めて唯はため息をつく。

汗をふいて制汗スプレーを脇に振り、着物に着替える。

(普通にTシャツにパンツの楽な格好がいいのにな)

しゃんと着物を来て、父親の書斎に向かう。

長い廊下を歩きながら思う。どうせあの事を言われるんだろうと終止考えていた。

父親の書斎のドアの前に立つ。

「来たか、入れ」

唯の気配を察したのか、部屋の中から声がする。

「はい」

ドアノブを回し、書斎に入る。

「お呼びでしょうか」

この家では父親が絶対で、子も親に敬語を使わなければならない。

「うむ、前々から言っておるが、ワシは自分らの子をプロボクサーの中でも一流と呼ばれる選手に

育てあげたいと思っている、それはわかるな?」

「はい……」

「だからお前も女だからといって馬鹿にされず、一流となって欲しいのだ」

「しかし……私は弱いです……」

唯はうつむいて答える。実際唯はプロデビューはしていたが、試合に一度も勝った事が無い。

「弱ければ練習すればよかろう。お前の兄2人はプロの中でも連勝を続けているのに何という事だ……。

お前は全く成績を残していない」

「はい、すみません……」

「次の試合のカードを組んだ。グリズリー平沢という選手だ」

「えっ、あの選手はとても強くて太刀打ちなんかできません!」

唯は反発するように言う。

「いいか、危機感が足りないだけなのだ。首の骨一本でも折られる覚悟で行け!」

「は、はい……」

「何か文句があるのか?」

「いえ……ありません……いつですか?」

「明後日だ、東京ドームで行う試合だ。何やら女子ボクシングにフェチを感じておるヤツがおるらしくての。

事前調査では満員になる予定だ。勝者も敗者も喜ばれる。興行成績は良い」

「はぁ……」

「そこでだ、勝つか負けるかはお前次第だ。しかし、買ってワシを喜ばせてみろ!」

「はい……善処します」

「うむ、下がって良い」

「失礼します」

唯はその場を去った。

(グリズリー平沢……殺される)

唯は少しパニックに陥った。荒ぶる熊のような荒々しい選手、相手を完膚なき程に叩きのめす選手。

(私の命日になるかも)

唯は、自分の生まれた家系を呪った。ただ普通の女の子としての生活を送りたいだけなのだ。

しかし学校では財閥の娘として、誰もが媚びたように話しかけてくる、外を歩いていれば赤城家の娘という事で

色々とちやほやされていた。しかしそれは唯にとって邪魔なものでしかなかった。

今は冬休みなのでそういった学校での煩わしさは無い。町を歩いていれば声をかけられて、それに至っては煩わしいが。

 

ジム部屋に閉じ込めてひたすらイメージトレーニングをする。

「グリズリー平沢、グリズリー平沢……」

気晴らしを学校でしたいとも思ったが、高校は冬休みだ。

「しんどいな」そう呟いた後、サンドバッグを打ち始めた。

ザシュッ! ザシュッ!

朝からずっと夕方までサンドバッグを打っていたので拳が痛む。

「頑張らなきゃ、頑張らなきゃ」

うわ言のように言いながらサンドバッグを叩き続ける。

 

「おい」

疲れてへたばっている時にドアが開けられ、声がする。

「壮一兄さん……」

兄の1人、壮一がやって来た。

「よう、なんかお前、グリズリー平沢と東京ドームで闘うんだって? 大変だな」

「兄さん……。そう、グリズリー平沢とだって、私殺されちゃう」

「うーん、きついだろうな、親父は頑固で自分の思い通りにすべての物事を運ばせようとする。

俺たちなんて親父のコマみたいなもんさ、何不自由無く暮らしているが、やっぱりモノ扱いは

ひどいよな」

「うん……負けるだろうね……そしてまた父に失望される……それが怖い」

「そうだよな、お前みたいな華奢な女の子ってヤツを女子ボクシングのリングに立たせようっていうのが

そもそも間違いなんだよな。

「壮一兄さん、どうしよう」

「俺たちに決定権は無いんだ……。だからせめてこれを使ってくれ」

壮一はシリコンゴムのような弾力のある塊を差し出した。

「これは?」

「これでマウスピースを作れ。かなりの弾力があって、唾液を吸ってくれる成分で出来ている。

快適だぜ。いいか、口いっぱいに、それこそ口からはみ出る位にこれでマウスピースを作れ。

顔へのパンチのダメージが軽減されるぞ」

「壮一兄さん、ありがとう!」

「いや、兄妹だからさ、親父があんなだから俺たちが手を取り合わないとな、今回の試合のセコンドは

ここのメイドから出るそうだ、お前のファンで名乗り出たらしい、頑張れよ!」

そう言って壮一は去っていった。

(兄さん、ありがとう)

唯は強くそう思った。

 

     試合前

 

東京ドームは満員だった。関係者によると、純粋なボクシング好きと女子ボクシングフェチの半々の客らしい。

唯は控え室で心臓をバクバク言わせながら試合に呼ばれるのを待っていた。

セコンドのメイドが同室にいる。

「唯様。ああ、唯様のセコンドが出来るなんて夢のようです」

「え、何で? 私きっと、ボコボコにされて無残にダウンさせられて負けて終わる。ただそれだけだと思うよ」

「それでも良いのです。唯様のおそばにいられるなら……。嗚呼、たまりませんパンチの応酬」

唯はこりゃダメだと思った。どうやら恵というセコンドはレズビアン女子ボクシングフェチらしい。

「恵さん、私にやっぱり勝ってほしい?」

「ええ、当然です! ……と言いたい所ですが、殴られていろんなものを吐き出す姿も興奮します、今日の試合は

性欲を溜めて溜めて参りました」

「……ボクシングフェチなの?」

「ええ、恥ずかしながら」

「私を芯から応援してくれる人がセコンドだったらよかったな」

「何をおっしゃいます! まずは勝つことです!」

「だって私が色々と吐き出すのを想像して興奮してるんでしょ?」

「まあ……それはありますが……でも勝ってお父様にギャフンと言わせましょう! という気持ちの中で、ズタズタに

されてる唯様も素敵なので御座います。嗚呼……」

「……もういい、とりあえずやる事やってね」

「はい、インターバルには汗拭き、マウスピース洗い、マッサージ、何でもやります!」

「その何でもやるのがセコンドなんだけど……」

「さようで。何でもやります!」

「分かってるのかなぁ」

「分かっております!」

唯はブツブツ言いながら、パンツの上にトランクスを履いて、スポーツブラを付けた。

後にこのメイドがひと波乱起こす。

ブルーの腰まである髪に童顔。天然のような雰囲気がぷんぷんした。

     試合

 

唯はドキドキしながらリングの上に立っている。

目の前にはグリズリー平沢がたっており、レフリーがルールを話している。

(うー、怖いなぁ……)

平沢は唯より数センチほど高く、長い黒髪をポニーテールにしている。目つきはキツく、睨まれただけで

小動物は死んでしまうのではないと思えるかのようだった。

「よろしく」

平沢が突然言った。

「あ、はい、こちらこそ……」

唯は中途半端な受け答えしかできなかった。

そしてゴングまで自分の青コーナーで待機することになる。

「唯様、マウスピースです」

メイドはマウスピースを差し出してきた。

「おっきいですよ、口に入れるのに大変ですが、ぐにゃぐにゃしていて弾力性があり、パンチのダメージを

軽減させてくれます!」

「うん、口に入れて」

「はい」

メイドがマウスピースを唯の顔の前に持ってきたとき、ツーンとした匂いが鼻をついた。

「うっ! なにこれ、ツバの乾いた匂いがする!」

「そうでしょうそうでしょう、私が試しに付けていましたから」

唯はメイドをすんでの所で殴る所だった。

「何であんたのつかいふるしなのよっ!」

「それはですね、唯様のツバと私のツバが混ざり合うのに快感をおぼえるタメでして」

「何してんのよ、汚っ! でもくわえないとしょうがないか」

 

カポッ

 

メイドのヌルヌルした唾液に違和感を感じながらも、唯の口にマウスピースがはまった。

 

 

カーン

 

試合開始のゴングが鳴った。

 

    

 

平沢は手加減をしないのはもちろん、最初から突っ込んできた。

唯はその速さについていけず、いきなり一発を食らう。

バキッ!

強烈なフックが頬にめり込む。

「うヴッ!」

唾液が飛び散る。その勢いたるや、リングの中央からリング外へ散るものだった。

「唯様! 反撃です!」メイドが言う。

(あんたがこのマウスピースにツバ吸わせてるから飽和状態になって、こうやってツバ吐き出しちゃってるんでしょうに!)

唯はメイドに怒りしか覚えなかった。

(反撃!)

唯はジャブからフックからショートアッパーとやみくもに打った。

だがすべてかわされる。代わりに顔面に何発もパンチをもらった。

その度に霧状の唾液が飛び散る。

それから何度も顔面にパンチが打ち込まれ、唯はフラフラと意識が朦朧とした。

必至に立ってパンチを浴びされ続けた。長い長い時間そうしたような気がする。

そんな中、1ラウンド終了のゴングが鳴った。

(もうゴング? 時間の経ち方が早い……)

唯は青コーナーへ戻り、椅子へ座る。

そこへメイドがトレーを持って出てきた。

「はい、ここへマウスピース吐いて下さい」

「え?」

「だから、このシルバーのトレーの上へマウスピースを吐いて下さい!」

「何で!? こっそり外してこっそり洗うんじゃないの?」

「わかってないですね唯様、この方がフェチにはウケがいいのですよ、私ももう濡れて来ました」

唯はゴネようと思ったが、インターバルは三分、下手に体力と気力を使いたくは無い。

「ぷぇっ」

シルバーのトレーの上にマウスピースを吐き出した。

メイドと唯の混じった唾液でマウスピースがぬらぬらと艶やかにぬめっている。

「嗚呼、これは私のツバと唯様のツバの匂いが混じって、たまりませんわ」

「変態メイド……」

思わず唯は言った。

「ええ、変態で御座います。こうやってトレーに載せて皆さんにお見せするんです。唯様のツバまみれの

マウスピースをこうやって掲げて……」

「や、やめてよ! 何で私のマウスピースなんて皆に見せるのよ!」

「もう遅う御座います。このトレーを上に掲げてリングを一周して来ます。

メイドはそう言いながらリングをぐるぐるとまわった。

生中継のテレビ画像が観客席の大スクリーンに映し出されるのだが、唾液でぐちゃぐちゃの唯のマウスピースを

撮影班に撮られて、隅々まで映る、そしてこれはお茶の間のテレビにも流れているはずだ。

「ただいまです」

メイドが帰ってきた。

「バカ……恥ずかしいじゃない……」

「何が恥ずかしいんですかぁ?」

「そりゃぁ……自分のツバまみれのモノを見られるのって恥ずかしいでしょう」

「そうですねー、その恥ずかしがってる唯様も素敵です。だから皆さんに見せてまわったんです。

ツバでにゅるにゅるぐちょぐちょで、醜い口の中の歯型がついて、そこの唾液がどっぷり浸かっている。

そんな臭くて汚いマウスピースをさらし者にされてどんな気持ちですかぁ?」

「は、恥ずかしいしかコメント出来ないわよ!」

「そうですかぁ、やっぱり恥ずかしがってる唯様素敵です、もっとマウスピースが出来上がった状態も

見てみたいですー」

「何? まだ何かあるの?」

「ありますー、とりあえず試合頑張ってください」

そこで2R開始のゴングが鳴った。

「はい唯様、マウスピースです」

「うっ、クサっ、マウスピース洗ってないでしょ!」

「唯様の匂いがムンムンと、そしてツバの匂いでツーンとするマウスピースを作るのが夢だったのでー」

「もういい、あむっ!」

唯はマウスピースをくわえた、そしてリングの中央へ躍り出た。

「何? 貴方、変態なの? セコンドにマウスピース晒して歩かせるなんて」

平沢が呆れたように言った。

「ちっ、違……」

グシャッ!

平沢の右フックが突き刺さる。

「ぶぇっ!」

唾液がビチャッと吐き散らかせる。

「この変態さん、もうさっさとフィニッシュしましょう。

 

ズガッ! バキッ! ズバッ!

次々と唯にフックが打ち込まれる。

唯は内股になりながら必死に立っている。

だが才能があまりにも無かった。

ガードの間から次々とパンチを食らう。

ズバッ! グシャッ! グシャァァッ!

 

「ぶぅぇぇぇぇぇっ!」

血と唾液をマウスピースの隙間から吐き出す。

 

ビチャビチャビチャッ!

粘性の高い唾液混じりの血がマットの上に降り注ぐ。

(きつい、でも立ったままで……反撃しなきゃ……)

ブン! ブン!

唯のパンチは空振りを繰り返す。

(何で当たらないの、何で……)

スバッ! スバッ!

 

スバッ! ゴシャァァァァァァァッ!

 

強烈なアッパーが唯を襲った。

「うぶぅ」

血みどろのマウスピースが血の糸を弾きながら高く高く舞い上がった。

天井まで届くほどの勢いだが、粘性の高いツバまじりの血はずっと糸を引いている。

そしてその血みどろマウスピースが降下し、それに従って血と唾液の糸は弧を描く。

ズダン!

 

唯はあおむけにだらしなく体を叩きつけてダウンした。

 

 

「キャーッ!」

観客席から悲鳴が上がる。

若いその観客席の女性の手に、その血みどろのマウスピースが落ちてきたのだ。

「いやだ、なにこれ、汚い!」

そう叫ぶ若い女性は両手に大きなマウスピースを握られ、指の間から血と唾液の分泌液をダラーッと滴り落としている。

「いや! どうしたらいいの!」

若い女性は思わず手に力を入れる。

じゅぅぅぅと、マウスピースに染み込んだ血と唾液が垂れてくる。

「やだ! 臭い! 汚い!」

そういう若い女性へメイドは寄って言った。

「あ、それはこちらに下さい」

その冷静さに落ち着いたのか、若い女性は素直にマウスピースを渡す。

「ありがとうございます、ああ、殴られて唯様のツバと血にまみれたマウスピース」

マウスピースに頬ずりしながらメイドはリングサイドへ戻っていった。

リング上では惨劇が起こっていた。

 

バキッ! ドカッ! メリッ!

血がボドボドと唯の口から落ち、顔面が晴れ上がっている。一発たりとも平沢は遠慮をしない。

 

ドグシャァッ!

 

血を吹き上げながら唯はロープにひっかかる。

「あら、唯様。せっかくのマウスピースをくわえなければ」

ロープでダランとぶら下がる唯にメイドはマウスピースを口に突っ込んだ。

ぬじゅぅっ……。

 

(あ、マウスピースが口に入った……戦わなきゃ、父を満足させるように

勝たなきゃ……)

唯はもはや父親の奴隷だった。そう幼少の頃から躾けられていたのでしょうがない。

血みどろのマウスピースを噛み締め、唯は平沢へ向かってゆく。

 

 

グッシャァァァァァ!

 

 

強烈な平沢のアッパーが意識が朦朧としている唯の顎をとらえた。

「ぐぼぉぉぉぉぉぉっ!」

血と血の塊と化したマウスピースが宙を舞う。

血は高く高く上がったマウスピースから散らされ、リング全席の四方へ降りかかる。

「うげぇっ!」

先ほどマウスピースを手にした若い女性が嘔吐する。その他数人の女性が嘔吐しているようだ。

血の塊は大きく弧を描いてマットの上で跳ね回る。

 

 

びちょんびちょんびちょんびちょん……びちょんびちょんびちょん……びちょっびちょっびちょっ……

びちょんびちょんびちょん。びちゃっ、ぐちゃっ、ぐちゃっ。

 

粘性の音をたてて血みどろマウスピースは跳ね回った、まるで生があるかのように、これだけのダメージを

自分は食らったと誇示するかのように、存在を知らしめるようにぐちゃんぐちゃんと跳ね回った。

リングの上でさんざん跳ね回り、血の池が一杯に広がった。

唯は仰向けになってダウンしている。

「がぼぉっ!」

唯はそのまま泡をがぼがぼと吹き出した。

「唯様! もっと立ち上がって闘うのです!」

メイドは叫んだ。

「がぼっ、がぼっ……」

唯はしばらく泡を吹くと正気に戻った。

カウント9で何とか立ち上がりファイティングポーズをとる。

「ぺっ!」

口の中の泡と唾液と血を吐き出す。その量は大量でマットの上でビチャァッと跳ねた。

(一発、せめて一発大きいパンチを入れなきゃ、こんなんじゃただの負け損だよ!)

意識が朦朧としながら唯は思う、だが

グシャッ! グシャッ!

顔面をひたすら殴打されている。もう唯は勝つ術は無い、というのもパンチを喰らいすぎて

両目が晴れ上がって、前もろくに見えないからだ。

 

グジャ! グジャ! グジャァッ!

 

「これで終わりよ」

平沢は渾身の力を込めてアッパーを打った。

 

 

グッッシャァァァァァァァァァァァァァァァッ!

「ゲロォッ!」

血の塊のマウスピースとゲロが虚空に吐き出された。

観客の目がその上空に打ち上げられたマウスピースに注がれた。

「さようなら、私の可愛い玩具さん……」

そう言うと平沢は自分の赤コーナーへ戻っていった。

 

 

 

ビチャーン! ビチャッ! ビチャッ! ガポッ! ビチャッ!

マウスピースが派手な音を立てて跳ね回る。

観客はいつそのマウスピースが動きを止めるのか目を凝らしてみていた。

 

 

マウスピースはその衝撃から、一分は跳ね回っていた。

そして最後に

びちょん……

と虚しい音を立てて動きを止めた。

「人間サンドバッグだ……」

観客の誰かが言った。唯はまさにサンドバッグだった。

ただ打たれ、ただ打たれ……。

ボクシングの才能など微塵も無い、みじめな敗北者。

レフリーがカウントを始めたが、唯が痙攣を始めたのですぐにドクターストップをかけた。

平沢は腕に力こぶを作って強さをアピールする。

それに対して、唯は虚しく、痙攣をヒクヒクしているだけだ、傍らには血みどろのマウスピースが転がっている。

 

「がぼがぼがぼぉっ!」

泡と血を吹きながら、唯の記憶が遠のいていく。

 

(私はサンドバッグでしかなかったのか……)

記憶が遠のいていく。しかし意識がピンと張り詰めた。

(いつもこうだ、最後にあきらめるから駄目なんだ! あきらめなければ!)

口から泡と血と唾液、そして鼻血をボトボト零しながら腫れ上がった顔で唯は立ち上がる。

カウント9の事だった。

 

「おっ、頑張ってください!」とメイドが興奮しながら叫んだ。

「はぁ、はぁ……」唯は肩で息をしている。

 

「結構しぶといねっっ!」平沢は唯の左脇腹を狙った。

ずぼぉっ!

「うぐっ!」

ずんっ!

そして右脇腹。

 

「うぐふっ……」唯が中腰になる。

「立たなければ地獄の苦しみを味わなくても済んだのにね!」

 

ずぶんっ!

 

鳩尾に平沢のボディがめり込んだ。力の入ってないボディにグローブがほとんど見えなくなるほどのめり込み具合だ。

 

「うっ……うぶっ……うげっ、うげぇぇぇっ!」

唯は大量に嘔吐した。

自分の足元にビチャビチャとゲロが撒き散らされる。

 

「可愛いサンドバッグちゃん、親のコネで東京ドームで試合できたみたいね、私にはある恩恵が与えられているの」

平沢は腕を組んでいう。

「うげっ、うげっ、うげぇぇぇぇぇ!」

「いい? 何故こんな惨劇になってもレフリーストップがかからないんだと思う?」

「うげっ…………何故……」

「あなたのお父さんが、勝つか完全に立てなくなるまでがんばれって意味でそうしたらしいわよ、私にとって合法的に

こうやって人をズタボロにするのは最高の快感なの」

 

もはや唯の腫れ上がった両目では相手はよく見えない。立っているのもやっとだ。

「ほら、もう失禁なんてしちゃうんじゃない?どうせ同級生たちに中継されて、あんたが汚いゲロ吐く所もどアップで

見てるんだから、おしっこ位なによ、しちゃえば?」

 

「うっ、うっ、うぇぇぇぇぇぇ」唯は泣いた。泣きながら股間からちょろちょろと糸状に黄色い液体が伝って足元にジワーッと

広がっていった。

 

「うぇぇぇぇ、うっ、うっ」ジョロジョロと音は激しくなり、トランクスの間から出る尿の量が勢いを増してくる。

「ふふ、自分に正直な人は好きよ」

「うぇぇぇぇぇぇん!」

バキッ!

唯は殴られ、血と唾液と鼻血と涙と尿をまき散らしながらダウンする。

「うっ、うっ、うげぇっ、うっ、うっ、うげぇ……」

号泣しながらゲロを吐く。

レフリーが平沢に耳打ちする。

「ふっ、ふっふっふっ、もうダウンしても気を失っていない限り立ち上がらないと10カウントも無しになったんですって。

かわいそうに、酷いお父様ね、そこのあなたの血みどろのマウスピースをくわえなさい、唯一の私のパンチを軽減してくれる

防具なんだから。

唯は手探りでマウスピースを探し当てると、口の中へニュルんと突っ込んだ。乾いた唾液のツンとする匂いが口いっぱいに広がる。

そして数十秒かけて立ち上がる。

「大丈夫、本当にもう楽にしてあげるから! 楽しかったわ! サンドバッグちゃん!」

地面すれすれに平沢はパンチを放つと、そこから一気に上昇させた。

「これが私の究極のアッパー!」

「ひっ……」

グワッシャァァァァァl!

「ぶぇぇぇぇぇぇぇっ!」

唯の顎が跳ね上がり、体は宙を舞った。

血、唾液、涙がボコボコに腫れ上がった顔面から放出される。

そしてマウスピースがカヒュッと音を立てて吐き出され、血の糸を作って高く高く舞い上がり、その粘性でライトにビチャッと張り付いた。

おおっと歓声が起きる、アッパーでこれほどマウスピースが飛んだのはもちろん誰も見たことが無い。

そして熱で粘性の体液が柔らかくなり、マウスピースは降ってきた。

 

ビチョッ! ビチョンビチョンビチョンビチョンビチョンビチョンビチョンビチョンビチョンビチョンビチョンビチョンビチョンビチョン……。

終わりなきマウスピースの乱舞。粘液を飛ばしながらリングに汚い水たまりを作っていく。

あおむけに倒れた唯はガニ股で股間から残りの尿を失禁しながらガクガク痙攣しているところだった。腫れ上がった両目には黒目がなく、白目

の状態だ。じきに腰を上下に激しく揺らし、ものすごい痙攣となった。これは完全に意識が無いだろう。

「じゃ、さようなら、私のサンドバッグちゃん」

平沢はリングから降りると去っていった。

いつまでも、いつまでもサンドバッグの唯は痙攣を続けていた。

 

 

 

「さあ皆さん、負けてボロ雑巾になって痙攣をビクンビクンしてる唯様のマウスピースです、血みどろでぐじゃぐじゃで、ゲロまみれで涙が隠し味!

それでいてツバ臭くて、至高の一品ですよ!」

 

メイドはトレーに血みどろのマウスピースをのせて高々と上げ、リングの四方をゆっくりと回った。